戦記

今井朋彦さん見たさに、既にドラマ終盤の「真田丸」を相変わらずチラチラ見ているのですが(汗)、今日の回は観ていて何となく「トロイラスとクレシダ」を思い出してしまった・・・というのは似ていたという意味ではなくて、「トロイラス~」で今井さん演じたところのユリシーズはギリシャ軍にありながらそこが血気に逸る荒くれものの寄せ集めであるのもかなり客観的にみている職業軍人的なスタンスだったかと思うのですが(それゆえ優勢にありながら統率しきれなくなりつつあったギリシャ軍を再び戦場に差し向けていくことができる)、「真田丸」で母や弟も含めて豊臣側にある大野修理はそういうわけにはいかないのだなという・・・権力を握る母を諫めてみたりご機嫌を取ってみたり、戦況への態度の違いが同じく豊臣を守りたいはずの兄弟間の不協和と連動してしまったりと色々と大変な目にあうのですが、厄介ごとは自分が引き受ける、と伝えた幸村に対しては心配かけまいと痛々しい怪我姿で「ただの身内のもめごとだ」と笑って返すという、あの手をポンポンとやるところに切なくなってしまいました。
そして兄弟の絆と難しさは真田家も同じで、子ども同士の反目、息災を知らせる手紙の行間に死地に向かう弟の真意を悟る兄(銃に火薬を詰める弟の様子と手紙のモノローグ、兄の表情・・・のカットバックがよかったです)・・・私はM谷氏脚本の、キャラクターの動静で話を振り回す感じにちょっと苦手意識があったのですが、軍記ものはある意味すべてが過去形ですので(汗)普通のドラマで感じがちな「このキャラのこの行動にどんな必然性が?(どうも話に起伏をつけるために動かしているように見えるなァ・・・)」でなく、「何年何月、これこれこういうことが起こった(→そしてその続きを叙述していく)」という段取りがニガテ個所を軽減してくれたのかもしれません。

12月になってしまいました・・・ということは牧史郎さんの誕生日です・・・即ち真珠湾攻撃の日です・・・(い・・・い・・・いや、クリスマスとか、もうちょっと華やかな話題があるでしょ・・・)「トラ・トラ・トラ!」ってもっと古い映画かと思っていましたら怪奇大作戦のほうが古いんですね・・・(公開時期が前後しただけで撮影時期で言えばほぼ同じくらいなのでしょうか?)昨年末にEテレでみた「きらめく星座」の感想も書きたいと思いつつずっとそのままになってしまっています。
等と言いつつ、利用駅周辺のライトアップが始まると何も予定がなくとも(泣笑)何となく眺めたくなりますし、来週からはまた今井朋彦さんが仙人役でご出演のラジオドラマ(見た目は若い男で殺生が嫌いで至って飄々としたこの仙人役、好きなのですよ・・・シリーズによってご出演は多かったり少なかったりしますが)を録音するのに躍起になっているような気がいたします。

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物質界見学旅行

「GENKI SUDO PRESENTS WORLD ORDER in BUDOKAN」(2013.04のライブDVD)を観たのです。ライブ映像というとアルバム「HAVE A NICE DAY」付属のZeppツアー映像(2014冬)を既に見ていて(過去記事(1) (2))、これ1つでも大変満足感があるのですが、物語性を感じるようなZeppツアーの表現に対して、「in BUDOKAN」はまるで≪現象≫自体をとらえようとしているかのようにも思える・・・
オーケストラからデジタルな音色に移っていく「OVERTURE」~「THE HISTORY OF VOICE」はどこかプログレッシブ・ロックの趣、ゆっくりと暗い舞台上に上がってきた彼らがはじめは秩序立って、やがて無秩序に動き回り、時々衝突するかのように、互いに接触した相手の体の向きを変えたり、手を挙げさせてみたりおろしてみたり・・・影響を与えるもののそこには表情も感情の行き交いらしきものもなく、まるで微粒子のブラウン運動のようにも見えます。この、“現象”それ自体であるかのような挙動は、彼らのテーマソング的な「WORLD ORDER」を挟んでのインストゥルメンタル「CIRCLE」にも現れて、同心円を分割しながら再び元のモードに戻っていく様子は数学の得意な方なら計算してくれそうな雰囲気です(??)。
「CHANGE YOUR LIFE」から連なるメンバーのソロ演技、しなやかで激しい上西氏、男っぽく精悍な高橋氏、洗練された動きの野口氏、少しのユーモアを含む落合氏はここではグラマラスな雰囲気です・・・内山氏と森澤氏はZeppツアーのタットで会話する接近遭遇場面?!が好きなため公平に見られません(汗笑)足元を照らす光の動きとの同期が美しく、「CIRCLE」等と並んでこういうスクリーンセーバーがあったらいいのにと思います(いつもそれですね・・・)須藤氏は?彼もロボットダンスで登場するのですが、意識レベルよりもフィジカルなものが優勢のフィールドでは、その記憶はダンサーになるより以前のものと混濁しているかのようです・・・踊っているのか、朦朧としているのか、彼に“照準”が合わせられていることを見せる俯瞰ショット、感情を持たない身体だけの影たちが前後左右から近づいてくる・・・危機一髪!というところでぷつりと曲は終わっていきます。
ところで、弦楽とピアノで原曲に新たな解釈を与える楽曲アレンジに並んで、この公演の大きなセールスポイントの一つが観客にぐるりと取り囲まれたセンターステージ、上階や俯瞰を含めて全方位対応のパフォーマンス・・・とはいえ実はこの前半の段階では、上からの視点こそ華やかなライティングと相まって効果的なのですが、水平方向に舞台の縁を移動していく視点にはちょっと戸惑います(私がカメラ酔いしやすいせいだと思うのですが)。この“WORLD ORDERレール”によるカメラワークが素晴らしい映像を見せるのは後半になります。
話をもどしますと・・・「A BRAVE NEW WORLD」後の、あの四角い箱を被ったスタイルのままなされる幻想的な「CROSS」、そしてタイトル通り音のない「MUON」。規則正しさと僅かな揺らぎをもちながら、悲しみも痛みもなく、僅かな光の中でただ出来るだけ遠く、出来るだけ永く信号を送るかのような彼らの姿は、銀河鉄道の束の間の停車駅から見えた光景なのかもしれません。
銀河の中心を見る・・・須藤氏の明るくソフトな歌声によるサビがCMで印象的だった「FIND THE LIGHT」は、曲全体を初めて聞いた時はロマンに満ちた歌詞とドライブ感のある楽曲が意外な感じでしたし(そして無知な私はCM放映当時、先頭の一番いかつい感じの男性からその声が出ているとは想像だにできず「変わったパフォーマンス集団だな~、曲のアーティストはなんて言うんだろう?」と思っていたのですが(スミマセン・・・(汗)))、「BLUE BOUNDARY」と組み合わせたアレンジも華やかです。

そして、バイオリンとピアノによる哀愁と切ない緊張感を持った間奏を挟み、「MIND SHIFT」の世界観へと突入します。温かみと優しさの奥に胸の痛みを隠した、WORLD ORDERの中でも際立って精神的な側面をみせるこの曲、MVでもライブでも最大のクライマックスであろう“千手観音”の場面で、今回の“WORLD ORDERレール”が真価を発揮します。
千手観音、あれこそ正面から見せるパフォーマンスの代表格では?というところを、敢えてぐるりと回りこみ、更には“軸の組み換え”が行われます。須藤氏扮する、心の中を旅してゆくことになる歌の主人公をほぼ同じ速度で追う(つまり背景側の6名が相対的に向きを変えてゆく)ごく短いカット、身体を客席側に向けたままスルスルと横にステップを踏む須藤氏も、違う角度から見れば見栄えがしないどころかあたかも大きく広げた鳥の翼のように美しい姿をもつことが解る“千手観音”も、本当にあっという間なのですが、記録映像というだけでない、演じる人々と撮る側の息があった表現のように思えました。そしてこれがあったおかげで、続く「AQUARIUS」が“立っている/横たわっている”のでなく、水中のように全方位だという理解ができたような気もするのですが・・・(なお、「MIND~」から1曲のように続く編曲の「MACHINE CIVILIZATION」のオーケストラ以外の部分が、先のJ-pop SUMMIT2016に使われたバージョンのようで、生演奏と敢えて性質を異にしたパキッとしたアレンジが単体で聴いてもなかなかカッコ良いのではと思っています。)
最後を飾るのが「2012」。どこか不安なピアノの音色、巻き上がる雲、次第にせり上がってくる光、まるで人類が自ら生み出しながら自身で手に負えなくなった何かのように・・・星の生命の規模からすれば取るに足らない時間かもしれませんが、人類が悪戯に削ってしまうことは避けられるはず・・・“地球文明”を次々と映し出しながら、幾何学的で神秘的なモチーフで不思議な周期を編み出すパフォーマンスはZeppツアーとほぼ同様なのですが、終わり方が異なります。
秩序立った姿を解き、思い思いの輝きを放ちながら散らばっていく彼ら。終わりというより、始まり・・・エントロピーが増大する一方の物質界で再び何かが生まれる様子というのは、こんな姿をしているのかもしれません。

それにしてもDVDを見て、全方位というのは演じている側も見ている側も凄い緊張感だろうなあと思ったのですが・・・じつは・・・日曜日に汐留地下通路に行きましてですね・・・(滝汗)
夏のライブ「WORKING WORLD」のBlu-ray発売に先立ち、“街頭パフォーマンスするWORLD ORDERを撮ってみんなのPVを作ろう!”というキャンペーンだったのですが、プロモーションという名の事実上のファンサービス期間だったとしか思えません。身一つでやってきて(勿論音楽はかける)強い照明も音響もない衆人環視のなかで突然演じ始めるのですから、ごく短時間ながらも大変貴重な観覧経験をしました。
で、拙いなりに一生懸命動画は撮ったのですが、「撮った動画をSNSにハッシュタグで投稿しよう!」とは・・・(汗)実は何年か前、一度twitterを試みてあまりにも呟くことがなくて断念したことがあり(・・・・・・だ、だって相棒含めその時関心のあるものの感想は大抵ブログに書いてしまうし、リアルであろうとネットであろうと他者と交流できていないし(本質的すぎる問題)・・・)インスタグラムなるSNSもあるけれど生憎私はお洒落シチュエーションとは程遠い生活です・・・
とはいえ慣れないスマホで何とかアカウントをつくり投稿してみると、ファンの方々の沢山の投稿は愛情深く観ていて飽きないうえに、汐留回のみの参加だったうえにかなり端にいた自分の撮ったものも「これはあの時の私の角度でしか見えなかった映像なんだな」と愛着がわいてきますし、あまり機会のない体験をさせていただきました。たしかな技術と渋い生存戦略のWORLD ORDER株式会社の街頭宣伝活動でございました。

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麗人・月に魅入る・・・【ヒースロー教授の長い休暇】

季節の便りとなった感のあるヒースロー教授です・・・NHKBSのオムニバスドラマ+ドキュメンタリー「京都人の密かな愉しみ」、3作目で描かれた言語学者にして押しかけフィアンセであるエミリーからの逃亡、三八子の腹違いの弟である雲水・清哲との邂逅を経て、4作目となる今回は何と禅寺で寺男としてすっかり馴染んでいる・・・?!
団時朗氏演じる架空の文化人類学者をストーリーテラーとするこのシリーズ、京都生まれの団氏がその風貌を活かして“イギリス出身、京都在住11年”の異邦人になりきり京都を歩く・・・という虚実交錯の面白さこそ初期に比べればインパクトは減りましたが、美しい風景をとらえる慌てず騒がずの丁寧なつくりは健在で、今回は月と暦が題材です。
瓦越しに見える月のために置屋を選び、欠けていくその姿を心待ちにする芸奴、夫との関係が冷え切る中、河原で笛の稽古をする謎めいた男に心奪われていく骨董商の女主人。生と死を超える道ならぬ恋と、現世での道ならぬ恋。夜ごとに細く、夜ごとに躊躇い深く、彼女たちの内面と呼応するかのように夜闇を深めていく月の意味するものとは・・・
変化していく月の見えようにまで神様が割り当てられているとは・・・パラレルに描かれながらいつしか一つの点で交錯していく二人の女性の恋、美しい景観と欠けていく月の緊張感とともに何とも妖しい世界なのですが、最後にはオトナの恋愛もの然として全てが現世に引き戻されて終わっていきます。こ、こういうのを見慣れないのでなんだかソワソワしてしまうのですが(?)これでよかったのでしょう・・・
われらがヒースロー教授は?伊武雅刀氏演じる茶目っ気和尚とのやりとりが期せずしていい感じなのですが、盲目のふりをして人間観察をしたりするこの和尚、エミリーとの関係に悩むヒースロー教授になにやら入れ知恵をしたのか(この番組に次回予告はありませんが最後までご注目)・・・雲水姿といえば「怪獣使いと少年」ですよ!(スミマセン私はやはりこちら側(どちら・・・)の人間です・・・)そして和菓子屋の美しき若女将、三八子さんは?
深い愛情を三八子に注ぎつつも、老舗の後継者という重責からの解放と引き換えに自らの生前の責任を彼女に課し続ける亡父、健気で辛抱強い娘を誰より理解しつつもそれゆえ口うるさくなる母。腹違いの姉を思いながらも、沢藤の家に傷をつけぬよう俗世には戻らない決意をした弟。
言い合いしつつも仲の良い女将と若女将が月見の夕餉となる終盤の場面、いつも明るくお喋り好きな母鶴子から、月に誘われたようにふと漏れた心の内。
「あんたを、自由にしてやりたいなぁ・・・」
京都という長い歴史を持つが故の良さや煩わしさ、絆やしがらみを異邦人の目を通して愛情深く見つめた本作の“地の文”である沢藤家母の愛情にちょっとうるっとしてしまうラスト、果たして彼らの行く先は・・・
今回はヒースロー先生のロケ・・・もとい京都散策場面こそ見当たらなかったものの(でも巧く処理していて番組として違和感はないのです)、次作にも何となく期待をしてしまう4作目でした。2時間枠という長さにもかかわらず、地の文であるヒースロー教授のドラマに短編ドラマを1~3個含めるという自在さでゆったりみられますし、放映スパンも丁度いいくらいなので、「相棒」もこんなスタイルになってもよいのではと思うくらいなのですが(いえ土ワイではなく(汗))・・・CMを入れずに済むNHKならではの長所なのかもしれません。

閑話休題、京都と言えば「怪奇大作戦」(違う)、怪奇大作戦と言えば最近の私にとってはWORLD ORDERです(更に違う)・・・「in BUDOKAN」(2013年のライブ)DVDを見ましたらば、こちらもまた現代的なスタイリッシュな表現から宮沢賢治の宇宙観のような表現まであって素敵でした。ちなみに宮沢賢治感は「MUON」でした・・・「2012」は文明滅亡をものすごく明るくとらえたWORLD ORDER的解釈だとごく個人的に勝手に思っているのですが(仮に「幼年期の終わり」のオーバーロードたちがこんなナイスガイな姿を持っていたらどんなSFになったのでしょう?(笑))、MVにはない、あの最後に思い思いの形でパァっと散って行くところが更にそういう気持ちに・・・エントロピーが増える一方の宇宙で再び何かが生まれる姿なのかもしれません。
グルグル回る“WORLD ORDERレール”にカメラ酔いしてしまいそうになりましたがホラ、実相寺アングルだと思えば(そんなわけはない)・・・そのうち感想を書けたら書きます・・・と、思っていたら夏のライブのBlu-ray告知映像が出ていて思わずポチッと・・・あ、あれ?(汗)

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詐欺師と不審な二人組

相棒S15-4「出来心」を見ました。美人局のルミコを自分の妻役に仕立て、聖書を説く慈善NPO会長に扮する“おっちゃん”。偶然の通りすがりにひったくり犯を撃退し、「名乗りもせずに立ち去ったヒーロー」としてネットには不鮮明ながら動画まで上げられるが、カモには逃げられるし、当然警察とはお近づきにもなりたくない。
そんな“おっちゃん”のもとに、「この地区への新規出店を考えているので話を聞かせてほしい」と二人連れの奇妙な男たちがやってきた。一方、町内やその近辺では、ストーカーによるとみられる若い女性の連続殺人が起きていて・・・
今回はお話の組み立て順序、演出のテンポ共々見せ方の手際が良く、ちょっと往年を彷彿とさせる感覚でした。お色気~のイカガワシイ場面で音楽がどれだけ安全弁になっていることか(ご覧の番組は「相棒」です!皆様お馴染みの「相棒」ですよ!と(笑))・・・異なる脚本家・監督による全く異なるタイプの話で比べるのもおかしいのですが、ひったくり撃退に遭遇=特命係があくまで警察官としてかかわっていく、リソースは(ストーカー事件が結びついてくる段階より前は)一般に公表されている情報である等々、先のS15-2に感じた難点がほぼクリアされていたのが個人的に高ポイントでした。
無理して色々盛り込まず、『詐欺師vs杉下右京の職人意識の高い(?)詐欺対決』という素材で勝負したところも勝因だったように思えます(あえて難点を指摘するとすればそれゆえ「相棒」の長所である時事性や風刺性には欠けるのですが、1話に全てを盛り込む必要はない)・・・だから過去作が正しくて近年作が間違っているとか、S15-2がダメでS15-4がよいという意味でなく、勘所を押さえるが故のそれ以外の部分の自由さ、逆に勘所を度外視してしまうと如何に「相棒」っぽいトッピングを載せてもうまくまとまらない対照例とでもいうのか・・・
ほんの出来心で人助けしてしまった詐欺師のことも、ほんの出来心で救ってくれた神様がいたのかもしれない・・・ラストは「あ、そういう方向に行く?行くよね」と半ば解っていながらほろりとさせて、且つさらりと手際よく畳んでいく・・・S5「せんみつ」での平田満氏もその1作にして十分記憶に残るキャラクターでしたが、今作においても風間杜夫氏がその造形におおいに貢献するところであったであろう詐欺師のキャラクターでした。

勘所というのは・・・櫻井武晴氏は「杉下右京は警察官である」という背骨をガッチリと通したうえで複雑な物語を組み上げるので見ている側は「えっ?!」思っているうちに物語世界に引き込まれてしまいますし、例えば神戸君ファンに人気の高い太田女史回も、私自身はあまり傾倒できずにいたのですが、まさかの“少女マンガタッチでコミカライズ可能な「相棒」”的世界を「相棒」の素材を活用してやりきった「運命の女性」は割と好きなのでした。
それにしても、「まあ気が向いた時だけ」と思いつつ2~4話まで観て、あまつさえ感想も書いてしまったじゃあないですか・・・(汗)どうしてくれるんですか・・・(べつにどうも・・・)私はS12半ば~S13半ばまではほぼ全く見ていないので社さんエピソードも知らないままなのですが(何故S13半ばで戻ってきたかって?徳永氏脚本による米沢さん回があったからですよ!(汗))、今のところ未視聴分を補おうという際立った動機もない至ってフマジメな退役視聴者なので、熱心な応援は現役ファンの方々にお任せして、今後もごくユルいスタンスにて視聴させていただく所存です。とはいえ、馴染めなかった前S14にも「物理学者と猫」のような好みの回が突如出現するからなぁ・・・(汗)

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光る声

大河ドラマを見ていないうえ、M谷氏脚本のドラマが個人的にあまり好みではなかったのですが、今井朋彦さん見たさのためだけに「真田丸」この2回ほどをチラチラ観ましてですね(スミマセン(脂汗)・・・あとは暇課長こと山西惇氏が出ておられた時もどんな役柄で出ておられるのかという興味程度に見ました(尚更スミマセン・・・(滝汗))・・・舞台「ジャンヌ」のウォリック伯でも「トロイラスとクレシダ」のユリシーズでもハッとするような立ち居振る舞いの美しさと先を見越す軍師ぶりが見所でしたが、ここでは一族経営の上層部の意向を社内に通さなければならない中間管理職的な・・・と思っていたら、真の主に対する忠誠ぶりが大変カッコイイ一場面がありました。(私は今井さんご出演の映像自体そう数を見られていないのですが、大河ドラマで情けな系以外の役柄をなさるのは珍しいのかな?^^;)
そして何しろ歴史知識皆無なもので、見ていてよかった大歴史実験・真田丸・・・こちらもWORLD ORDERの須藤元気氏が出るからという甚だミーハーな意図で瞬間見していただけなのですが(むしろ昼の、格闘家時代の戦術から、肩こりの体操(?!)まで披露されていた番宣のほうを録画して拝見しましたですね・・・(汗))こんなこともあるのだなあと不思議な偶然でございました。
いつぞや普通の日本人の役がない、というようなことを仰っていた今井さんですが・・・私が氏を始めて認識したのは「相棒」神戸期末期の一篇「守るべきもの」でのゲストキャラクター・泊真一なのですが(時系列的にそれより先に目にしていたのは実はたまたま視聴した「科捜研の女」の櫻井武晴氏脚本回でこちらも強烈でした)、泊さんの、あの・・・儚げな表情の奥から何かそれだけではない強烈な意思を感じさせるような、一瞬の光を瞳が放つような演技、ハッとしてしまうような発声法は、時代物においても健在でおられるのでしょう。「ヘンリー四世」観劇は一身上の都合で諦めるつもりだったのですが、やはり気になってきてしまうなぁ・・・
ラジオドラマか朗読か、久しぶりにお声を聴いて休もうかと思います。

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着地地点

相棒S15-3「人生のお会計」を見ました。余命半年を告げられてしまった保険のセールスマン。ある老人が撲殺される直前に保険の契約を勧め、その受取人になっていたことから一時警察から疑いの目を向けられるが、彼自身は全く異なる目的の為に、後先顧みぬ計画を密かに進めていた・・・?
「相棒」初参入の脚本家さんとのこと、起~承部の運びに少々引っかかるところがあって、今回のゲスト主人公であるセールスマン氏自身の抱える事情が判明するのは冒頭よりむしろ、撲殺事件に警察臨場→直前に尋ねてきたらしいセールスマンが怪しい→疑いは晴れたものの右京らが首を突っ込み始めて意外な方向に・・・の順序のほうが話の筋が前後せず滞りなく進んだのでは?という感がなきにしもあらず・・・
とはいえ中盤から後半、“意味のある生を生きたい、誰かの為になりたい”と願う真面目さゆえに自暴自棄ともいえる思いを抱えたセールスマン氏が、そのトンデモ計画をあくまで冷静さを捨てずに地道に段取り続ける様子が、終盤の右京さんの説得が届く人間性の持ち主だったのだなと納得できる形に帰着していくのはよい感じで、演者さんの好演もあって魅力的なキャラに感じられました。
ホストクラブが健全営業っぽかったり(?)、スタイルから入って拳銃が入手できてしまう流れが色々な意味で度外視で、なのですが(汗)、シリーズ初期から櫻井武晴氏脚本のエピソードにおいて薬物売買に暗躍し、近年ではトレーディングルームまで用意していた貴船組系や、フロント企業を持つ経済ヤクザの龍神会などがしのぎを削る「相棒」世界の生き馬の目を抜く暴力団界隈にあっては、15シーズンを生き抜いた手練れの組対五課・角田課長の鉄槌のもとにはひとたまりもなかったのでは、という感じの今回登場の銀星会でした。

それにしても、まだ・・・世の中に広く知られるべき「相棒」の愛すべきストーリーは、まだ沢山あるはずです・・・人情味のある下町商店街を舞台に、おトーフを買いに行ったたまきさんが不可解な事件に巻き込まれる「犯人はスズキ」。昭和名画のリバイバル上映後に人生のささやかな幸せを語らう(元)夫婦の姿が、身を持ち崩した往年の名監督の魂を図らずも救っていたことが終盤の僅かなカットで示される「殺人シネマ」。神戸&たまき+右京&米沢+捜一トリオ+暇課長のクリティカルパス的構成が目を引く神戸期の実験的な小品「9時から10時まで」。そして、吉田拓郎「夏休み」の切ないメロディ、70年代を思わせる乾いた描写、銃や爆弾で世界は変わらない・・・何が世界を変えると思うか?と尋ねる右京に「美味しい食べ物と、愛かな」と答える姿のあった「消える銃弾」・・・
基本1話完結で気負わず視聴できる1時間ものの再放送が「相棒」のよさを一層広めたのでしょうし、年数を超えてのリピートに耐えうる普遍性が「相棒」の側にもあったからこそなのでしょう・・・そしてソフト化されたものも勿論よいのですが、例えば亀山期終盤の2時間枠名作「黙示録」ラストの小野田と薫の対峙シーンなどは、TV放映時に使われた某海外ソリッドホラー用の打ち込み音楽が恐ろしいまでにピタリと行き過ぎていて(使用権の都合かソフト版では差し替えられている)TV版も大いに観る価値ありと思ってしまうのです・・・事件を残念に思うのはいちファンの側とて同じですが、数多存在した往年の名作珍作に触れる機会が減ってしまう事のないよう、制作、配信側(とスポンサー側?)には冷静な対処を願うところです。

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紫煙の記憶

相棒S15-2「チェイン」を見ました。心を満たすシガーの香りと、それをもたらしながら煙のように消えた男を探し求める男女・・・
まずお断りしなければならないのが私は現時点でS15-1を観ていませんという事なのですが(汗)、出張の捜一コンビをしり目に仕事ではありませんと堂々と“依頼人”(・・・?つ、ついに警察ものでなく探偵ものになった?!)に会いに外出する特命係・・・花の里経由で持ち込まれた出来事として説明されましたが、ここは従前ならば「そんな煙をつかむような人探しなんか奴らにやらせておけ!」的に組織の中の陸の孤島・特命係に廻ってくる描写だったようにも思えます・・・
まあ結果的には警察内部に戻ってくるんだから度外視しましょうよと言えばそうなのですが、私的依頼の為に警察内部のリソースを使い公権力で捜査することのアウトロー刑事ぶりについては・・・?!(そもそも右京さん自体十分すぎるほどにアウトロー刑事なのですが;、それは自分の属する警察組織との間でのことであって、少なくとも亀山期において「警察官が大きな力を持っている」ことの恐ろしさについてはとても自覚的であったはずなのですよね・・・)ここを度外視してしまうがゆえに、消えた男と、辛い境遇から脱出しようとしながらしきれなかった者たちの煙のようにはかない絆が切ないはずのラストも若干意味合いが薄れてしまうという、う、う~~ん・・・???度々ハードボイルド色を強めながらもそこに感傷的に耽溺しないのが杉下右京と「相棒」の個性であるように考えているのですが・・・
亀山期~神戸期の音楽が使われたり、演出面はおおむね落ち着いていた気がしましたが、かなりの時間をあてるモチーフとなったシガーと事件像の繋がりがあまりピシッと来なかったのも、全体にあらすじのみを見たような印象が残ってしまった一因かもしれません・・・同脚本家さんによるS14元日SPが、マジョリティvsマイノリティの仁義なき戦い自体を結末としてしまう事同様、ここでも“結局抜け出ることが出来なかった”ことが結末となっていくのですが、嗜好品を退廃性に寄せるか、僅かな絆に寄せるか、という視点(今一歩メタ的なものにとどまってしまったものの)自体は興味を引きました。
まあそして米沢さんの不在です(泣)前S14からまさかのレギュラー入りを果たした警察嫌い・青木青年も興味はひくのですが・・・よ・・・よね・・・米沢さんがいれば・・・シガーの謎を追うくだりは遥かに手際よく済んだでしょう(正直ここは“特殊な手製のシガー”ということを際立たせるのが目的であって、隠し味的につけられていた香りの種類がたまたま右京さん&冠城氏の得意分野だったからよかったようなものの)・・・
それは科学捜査の描写があるか、鑑識課に出入り可能かといった問題に終始するのでなく、むしろ・・・こんなとき米沢さんならきっと・・・「愛好家の狭い範囲ですから特定は可能でしょう」といった実質的な頼もしさや、「ほう、煙のように消えた男ですか!ロマンですなあ」といったムダな妄想癖(失敬!)でどれだけ特命係の活躍を、物語の奥行きを裏打ちしてくれたことか・・・そうか私自身が妄想癖で米沢さんを補えば(ダメです!!!)
ま・・・まあ・・・DVDデッキも整理しておらず、今シーズンを続けて見るかどうかは解りません・・・そうだ、新OP映像は特命部屋がついに変形発進でもするのかと思いました!(滝汗)

あぁ・・・批評的に書く、というのも感想文の一種だと思うのですが、最大の難点はあまりストレス解消にならないことです(自分で自分のことを「何を書いてるんだろうこの人は」と思ってしまうのですよ・・・(泣))・・・やっぱり「面白い!凄い!ステキ!」と思って書いていたほうが(=そう思えるものについて書いていたほうが)ストレス解消になるのですよ・・・まあそうなるあまり結果的に突然全く異なる方角でスーツ姿のテクノダンスグループに目を奪われたりしたのも前シーズンの意外な展開でした(す・・・スミマセン・・・)
仕方がないので、WORLD ORDERの方々が「相棒」に出るとしたらどんなかなあと妄想しようとしたのですが、どちらかといえば「怪奇大作戦」のほうが圧倒的な妄想の捗り具合で・・・(いやそれもどうか・・・)

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彼の、私の、見る景色

光の行き交う都会の夜の片隅に物思う青年、何かを待つ彼を迎えに来た誰か。より遠くへ、より高みへと、決して彼から目を離さず、時には手を差し伸べていざなうのは何者なのか・・・WORLD ORDERの一員である上西隆史氏が個別に活動されているところの映像をyoutubeで観たのです(5月の「アート展」で公開されていたものの続編だそう)。4分間の世界に凝縮された、美しくも鋭い青春への示唆をみるようです。
巡る星、流れる雲、どこまでも走る二人・・・タイムラプス撮影とドローンを駆使した映像が、地上をフッと飛び立つ意識をあらわすかのような演出と相まって効果的なのでした。それにしても、大地と同じ色のコートに帽子を目深に被り、漂泊の風貌の中に力強さを隠す、何という現代のスナフキン(勿論褒め言葉です!!)
WORLD ORDERが生身の身体で映像トリックのような表現を可能ならしめてしまうがゆえに、被写体側であるはずの“中の人”もこう撮ってこう組み立てる、という構造を客観的に頭の中に組み立てることにも長けておられるのかもしれないなぁと感心してしまうのですが、一方で物語面は何と説明したらよいものか・・・青春期をそのように価値ある形で過ごした覚えのない私ですら、ああそんなことがあったかもしれないなあと胸がキュッとするもので、善いものを観ました。
どこかケルト音楽を思わせる英国女性Vo.の雰囲気が日本の山岳風景(?)と不思議とあっていて、楽曲アーティストご本人のMVとは全く異なる方向性の映像での使用から曲に関心をもつこともある・・・早速itunesで曲を探してくるのでした。

相棒シーズンとなるにもかかわらず全くそちら方面に帰れていませんが(イヤ・・・現行シリーズに関しては私はもう退役視聴者ですので・・・(汗))上記映像を観てなんとなく亀山期「相棒」の名作の一つ「最後の灯り」の海辺のシーンを思い起こしたりしました。

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正確な時計

その時計店のショウウィンドウにはからくり時計が飾られていて、濃紺の服を着た小さな人形がまるで各々意思を持つかのように、自分の受け持ちの歯車の動きを律儀に次の歯車に伝えているのだった。きらきらした歯車の上の彼らは踊っているようにも見えて、私は暫くみとれていた。
扉を開けると、店の中の清潔なガラスケースには、一目には識別できないほど様々な腕時計・・・クラシックな雰囲気のものハイテックなもの、強度と多機能を謳う重量感のあるものから文字盤と針しかないような繊細なもの、が綺麗に、所狭しと陳列されている。ほかに客はおらず時計の音だけが響いていた。
「いらっしゃいませ」見通しの良い店内の一番奥にいる男が挨拶してきた。
口調は朗らかで、髪はきちんとなでつけられ、仕事のできそうなシャープな雰囲気の眼鏡をかけてはいるが、ぴったりと着こんだスーツの首回りや肩からどのような身体つきなのかは明らかで、時計屋は厚い胸板が必要な職業だったろうかとふと妙な感覚にとらわれた(最初に彼が目に入ったので、ひょっとすると防犯を兼ねているのかもしれない)。
「ビジネス向きをお探しですか」入り口側に立っていた、“取引先の好感度NO.1営業マン”といった感じの爽やかな男がスマートな接客態度で話しかけてきた。
「いや、そういうわけでは」
「ドレスウォッチはこちらになります」彫りの深い、整った目鼻立ちのオールバックの男が微動だにせず立っている一角が指し示された。シンプルだが高級感のある小ぶりの時計が並んでいる。とても洒落ているがそういう時計が合うような服装をする機会に生憎恵まれない。
別の一角には知的なまなざしの細面の、しかしいかにもばねの効きそうな体つきをした若い男がいて、彼はスポーティーで個性的なデザインの時計を司っているようだった。その隣にはクラシカルな文字盤の時計が陳列されていて、そのガラスケースの向こうにいる、まるでセピア色の写真から抜け出てきた昭和のモダンボーイのような口髭の男は目が合うとニヤリと笑うのだった。
店員たちは皆一様に似たような色合いのスーツを着て、タイピンをし白いポケットチーフを少し覗かせているのだが、派手なところは何もないのにそれぞれ個性的な様子がどこか羨ましいようでもある。洒落た時計ばかりだけれど、いったい自分に違和感なくつけられるものかどうか自信がない・・・いや、時計は機能性こそ重視すべきだろう・・・
明確な目的意識を持たないでプロ意識に溢れていそうな店に入ってしまったことを私は少なからず後悔した。
「お客様は時計にどのようなことをお求めですか?」途方に暮れている客を見かねてか、逞しい眼鏡の男が尋ねてきた。どうやら彼がこの店の主らしい。
「そりゃあ、正確でないと・・・」
「成る程!」逞しい眼鏡の店主がオーバーアクション気味に目を丸くして手をポンと叩いた。「それならまさしく、当店オリジナルをお勧めしないわけにはいきませんね」
店内からわずかに覗く作業スペースに店主が声をかけると、手入れの行き届いた髭を蓄えた、エプロンがけの穏やかそうな男がニコニコしながらやってきて、エレガントな手つきで小箱から美しい時計を取り出して見せた。何かのまじないのような小さな文字の入れ墨を手の甲に入れているのが見える。
「これが当店自慢の職人による“正確な時計”です」逞しい眼鏡の店主が誇らしげに言う。
「時計は大概正確なものでしょう」
「正確さがオリジナルなんです」
言っている意味がちょっと分からない。
返答に困って目をそらすと、伏し目がちの端正な表情でドレスウォッチの一角に控えていた男が、先刻と少し違う体勢でいることに気付いた。続けて見ているとどうやら彼は動いていないのではなく、常人の1/6くらいの速度でガラスケースから時計を取り出そうとしているのだった。
どうしたことかと店主を振り返ると、その肩越しに細面の若い男が重力をほぼ無視したような動きをしているのが見えた。彼は両手で手近の柱にとりつくと、丁度上下が左右、というより奥行きになったような形で私の目には見えない階段をのぼり、そのままフイっと天井裏に吸い込まれていってしまった。天井裏というのは私の認識する垂直方向から見た場合で、彼の認識する向きで言えば単なるバックヤードだったのかもしれない。
ドレスウォッチの男に向き直って様子を確かめようとすると、スマートな所作で時計を磨き、またケースに収めているだけで何も異常な点はなかった。「調整が必要なようですね」微笑みかけられた視線の先にある自分の腕時計を見ると、まるで止まっていた電波時計が時刻を修正するようなペースで秒針がグルグルと廻っていた。
辺りを見回すと自分の腕時計と同じ時刻を示している時計はどれ一つとしてなかった。そればかりか時計店の中の時計にも同じ時を刻んでいるものはない様子だった。
そういえば幼いころ、近所にあった古びた時計店の時計はどれも正確な時刻を指していなかった。勿論買われていった先でそれなりの期間それなりの精度で動けば問題はないわけで、単に老店主が時刻を合わせるのを億劫がっていただけなのだが(柱時計などが正時毎に一斉に鳴りだすのを嫌ったのかもしれない)、ずれた時刻を刻んでいるに過ぎない店の中と外が、まるでタイムスリップをしているようで不思議な気分になったものだった・・・
そうじゃない。そうじゃなくて、えらい店に入ってしまった。
「ご安心ください。当店では他メーカーの修理も行っています」逞しい眼鏡の店主が声をかけてきた。
「修理は結構です」私はややげんなりしながら訊いた。「その、つまり、ご主人おすすめの“正確な時計”は日本標準時に対してですか?」
店主は暫く唖然とした様子で、逡巡したのちやがて気の毒そうに口を開いた。
「失礼しました。どうやらお客様は大層遠いお国からお越しのご様子ですね」
「そんなわけはないでしょう」外回り先で時間調整にふらりと入ったにすぎない・・・
「これはお客様ご自身に対して正確な時計です」店主は胸を張って言った。「お持ちになった方準拠です。それ以外の一切の影響をうけません。長旅にはもってこいです」
「そ、それはマズいんじゃないかな」私は言った。「時計っていうのはさ、何時までに到着しなければならないとか・・・待ち合わせの時間とか・・・」
「お客様が到着したのが到着時間だし、お相手にお会いになったのが待ち合わせの時間じゃあありませんか」
「そうだけど、そうじゃなくて」当たり前のことを説明しながら、何が当たり前なのかわからないような気分にもなってきた。
めまいがしている様子を察してか、会計のカウンターの奥にいた、丸眼鏡をかけた痩身の背の高い男が椅子を持ってきてくれた。
「何をお困りなのか解らない」店主が丸眼鏡の男に小声でごちているのが聞こえる。「この店に来たという事は、時計をお求めになる目的以外ないはずなのに・・・」
「不思議な風習の国もあるそうですよ。そこでは、人は皆一律の物差しを持たなければならないそうです。相対性の効果はほぼ度外視されるそうです、場所や移動、加速度、或いは内的状況に関わりなく」
「それはさぞ厄介だろうねえ」
まったくだ、と、いつの間にか勧められた香りのよいお茶を手に、私は椅子にもたれたまま逞しい眼鏡の店主と丸眼鏡の会計係の会話を聞いていた。彼らはどうやら物理学または精神論的な話をしているらしいが、そこまで複雑な話でなくとも、通信手段の発達した今、物理的な距離や移動は時間的な不在の言い訳にはほとんどならない。時計の責任ではないのに、時計を見るのが嫌になることもある。追い立てられたり、無駄に過ごしてしまったと落胆したり・・・
「その時計、ください」お茶を飲みほしてから私は言った。

あれから同じ街に何度か行ったが、あの時計店をどうしても再び探し出すことが出来ない。ここに違いない、と思った場所には古い仕掛け時計があるばかりで、ひょっとしてあの時自分はその中に紛れ込んでしまったのではないかと思っている。
例の時計はどこかにしまい込んだままだ。他者との間で取り決められた時間通りにそこそこ正確に動く、安物の腕時計が私の生活には向いている。他人の都合に合わせるために時計を見るし、自分以外が目安にならない場合・・・光に近い速度で移動しなければならないような事態は今後も私の身には起こらないだろう。
それでも、私自身の≪今≫を刻む時計を私はもっている、と思うだけで少し安心するのだ。

(おしまい)

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あ・・・あぁ~突然スミマセン・・・「WORLD ORDERってステキ!」以上の語彙に恵まれなかった結果、仮想の意味不明なおはなしに託してみました~イメージは妄想であり実在の人物やグループとは何の関係もございません(無論話中の「私」も書いているワタシとは何の関係もございません)・・・ちょ、ちょっとした出来心ですので大目に見てください~秋の夜長の妄言としてただちにご放念ください~~・・・(彼らがどこがどうステキか、というのを事細かに論うのも気恥ずかしいし(恥ずかしいわりに論っていますけれども)、表現される概念のどこに惹かれるかを説明する語彙にも欠けるので(ロボットモーションも勿論目を引くのですが、あの、時間の流れやエネルギーの伝達といった物理法則を意志もつものとして再現しているような表現というのか・・・)、おはなしにして他人事にしてしまえば恥ずかしくない!と思ったのですが十分・・・十~分~ハズカシイですね・・・(赤面))イエ何というか・・・ライブ「WORKING WORLD」のシュールさが「第四惑星の恐怖」(ウルトラセブン)的にも思えてきて、JATAの映像は怪奇大作戦っぽくもあるし、それならばほのぼの系SFもありなのではないかという・・・願望です・・・というべきか妄想です・・・
とりあえず今夜は、ねこを膝に相好を崩している須藤氏の写真で安眠に相応しい脳波が誘導されたような気がしたので早めに休もうと思います。

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ロボッ徒の夢はマルチタスク

WORLD ORDERのライブ「WORKING WORLD」を観てきました(21日昼の回)。面白かったです・・・初めて生で観たWORLD ORDERの方々の感想は「美しいスタイル!」「動いてる!」でした(<もうちょっと語彙を・・・)冒頭を飾る「THE HISTORY OF VOICE」、背景のモノクロ映像も観たかったけれどとても注意が回りませんでした。
デジタルに作られたアナログ時計の時報とともに始まる物語は通勤風景、そしてオフィス・・・スーツ姿と様式化された動き、シュールな流れがどこか“真鍋博挿絵の星新一ショートショート(※個人というよりもはや世界の一部を構成している概念なので敬称略をご容赦ください)”的にも思えてきますし、時々挟まる音楽もテクノ・ハウス系に限らずジャズ、マンボ風のもの(?)などレトロフューチャーな雰囲気、そんな感じにご紹介しますと・・・
WORLD ORDER氏(複数形)はビジネスマンロボット、オフィスで一心に机に向かいます。時々、怖~い部長のS氏が進捗を見回りに来るときには一層力んでキーボードを叩きますが、焦るほどにエラー表示は増えるばかり・・・「もっと機械的に!」「競争意識!」「完璧なロボットだろう?!」S氏は威圧し、専制的に支配して効率を上げさせようとしているようですが・・・
そんな、須藤氏演じるモーレツブラック上司の元で壊れそうなほど酷使される狭間に、突然差し挟まるシュールな笑いの「ロボッ徒競争」映像あり、可愛い可愛いOLさんたちと恋に落ちてしまう場面あり(ゲストのAKBの方々はダンスに特化したチームなのだそうで、WORLD ORDERの壮健なるお兄様方の半分ぐらいしかなさそうな質量でキビキビ踊る様子も可愛かったのですが、一緒に踊る場面でお兄様方の優しいエスコートで腕を組んで踊る様子がもう可愛くて可愛くて・・・勿論お兄様方もカッコよく且つ大変お可愛らしかったです。のちのトーク部分に蝶ネクタイで出てこられた須藤マスター含めて!(笑))、そして場面の切り替わり毎に入るパフォーマンスのかなめは勿論WORLD ORDERの曲とダンスです・・・
どの曲も、MV、ライブでの動きとそれぞれ面白さがありますが、「MULTIPOLARITY」はライブでの動きのほうが好きなくらいかもしれません(MVはMVで面白いのですが)。優しいユーモアの向こうにどこか哀愁を感じさせるMVがとても好きな「QUIET HAPPINESS」は、初めて見るライブでのパフォーマンスも詩的で、見られてよかったと思いました(イントロと最後の部分の、うつろう心を表すように少しクラッ・・・としている部分や、強い逆光のライティングのなかほぼシルエット状態で踊る6名の姿はあの詩情を再現しているように思えました)。これは静かな演出でも観てみたいなぁ・・・
「MACHINE CIVILIZATION」は背景に対するどういうスケール感で見ても後半の幾何学模様の部分でおぉ・・・となってしまうのですが、生で観ても然りなのでした。あの、正面から見える人数が刻々と変化していくくだりが好きすぎて見入ってしまいます(あと、1列に並ぶ部分が、敢えて没個性のようにスーツを着込むの彼らの個性が初心者にもきちんと解る感じがして個人的に好きです)。Vo.や演技がオリジナルとはまた雰囲気が変わる6名体制「WORLD ORDER」(落合氏の多軸関節ロボ的な・・・)も良いなと思います・・・「MIND SHIFT」は・・・須藤氏が入っているのも見てみたかったなと思いましたが、千手観音のくだりはやはりおぉ・・・となるのでした。
ちょっと驚いたのは、最初の回(20日)から参加しているという事なのか、ダンドリを解っておられる方が沢山いて逐一盛り上げておられるという(上西氏の高速回転にヒエッ?と思っていましたら会場からはすかさずヒュー!と声が上がりますし、フォーメーションの一部分と化しているはずの富田氏が客席に向いているほうの手だけで“カモン声援!(チョイチョイ)”となさるのにはやられてしまいました)・・・終盤のトーク部分で須藤氏が、今回のものは昨年夏のアットホームなライブ(“文化祭”と呼ばれるもの?)と通常のライブとの間をとった、という趣旨のことを仰っておりましたが、ライトユーザーの身としては熱心なファンの方々とWORLD ORDERのあ・うんの呼吸に立ち入るのもハードルが高すぎますのでたまたまとはいえ初観覧が中間をとったくらいのときでよかったです。最後の「HAVE A NICE DAY」ではステージ上の人々までサイリウムを振り出しますし、確かにカオスでございました。なお客層もなかなかの多様性ぶりで“こういう人が多い”というような傾向めいたものは性別も年齢もほぼつかめず、入場列に並んでいる際も、2つ前は熱心なファンとみられる女性二人組、1つ前はロシア語?のような言葉を話す男女の外国の方、後方は関西弁を話す男女といった具合でした・・・

AKBのゲストの方々、私はアイドルグループというのはどうも不安になってしまい敬遠しがちなのですが(特に年若い人の場合、当人たちの頑張りを搾取するような市場ではないかと心配に・・・)、WORLD ORDERとセットになるとダンス、パフォーマンスという目的性がハッキリするせいか安心して楽しくみられました。itunesでちびちび買い揃えたEP「WORLD ORDER」(イエ、当初は「MIND SHIFT」だけ・・・というような気持ちだったのにいつの間にか・・・(汗))中で唯一入手していなかったtrfのカバー「BOY MEETS GIRL」をDLしてしまったじゃありませんか・・・
話はちょっと遡り、そういえばストーリーのほうは?曲を挟んで次々と変わるシーンは展開があるようでいて無関係に切り替わっていく画面のようにも見えますし、一方で背後に動き続けているプログラムがあるようにも思える・・・
「ロボットに愛などいらない!」幸せそうだったWORLD ORDER氏(複数形)と美少女OLさんたちの恋を禁止してまで、強硬スパルタ上司のS氏は声を張り上げ続けます。止まないエラー表示と動作不良、オフィスが既に尋常ならざる状況なのは明らかなのに・・・そして遂には、ロボットはかくあるべき、完璧なロボットであれ、と怒鳴り続けるS氏自身にまで深刻なエラーが生じ始め・・・?
カタストロフィを迎えたその後、冒頭と同じ時計の表示とともに再びの「WORLD ORDER株式会社」オフィス風景です・・・よかった、“深夜にロボットが爆発”とニュースで報じられた事故は大事には至らなかったようです・・・
と、その場にいる面々は同じ姿ながら様子が随分異なります。あだ名で呼んだり、恋の行方を詮索したり・・・「また部長に「競争意識もて」って言われちゃったよ!」「平気平気、あれ部長の口癖だから!」
そこに部長のS氏が登場するも、彼もこれまでと随分様子が違う・・・この間のプレゼンは成功したぞ、伝えて喜び合う彼らの姿でお話は終わっていきます。
はて、彼らと見分けられないほどうり二つの、あの息苦しかったロボットたちのオフィスは一体何だったのか?やはり花火大会に紛れて爆発してしまったのでしょうか?それともS部長を含めたロボット営業部のシステム不全に気付いたエンジニアが、デバッグのうえ7体の処理の結合に適度なゆるみを持たせるように変更したのでしょうか?
或いはあのもう一つのオフィス自体、大口の契約の成否を控えて、一つのミスもなく完璧にしなくては、自分や部下はやれるはずだ(そうだろうか、もしダメだったら・・・?)と内心ストレスを抱えていた、日ごろはおおらかなはずのS部長の見た悪夢にすぎなかったのでしょうか?
そして本当にロボットに愛情はいらないのでしょうか?あのロボットたちの様子・・・大事な人を慎重に丁寧にエスコートし、機能にそぐわない無理を強いられれば傷つき不調になる、そんな当たり前なことなのに、人間自身すら時に何かと天秤にかけて否定してしまう人間/ロボット“らしさ”とは、果たして・・・
次元の狭間に紛れてしまったロボットたちのオフィスにも幸あれ、と思ってしまいました。激しい音とリズムとパフォーマンスにボーっとしすぎたのか、終わった帰りに危うく電車を逆方向に乗り間違えました(汗笑)。

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